サウスポー 鑑賞 その1
の身体作りと役作りに、ジェイクが挑んだ「サウスポー」を観てきました。
ジェイクを劇場で観るのは、「ラブ&ドラッグ」以来。
「エンド・オブ・ウオッチ」「プリズナーズ」「複製された男」「ナイトクローラー」は、もちろん
観ましたが、いずれもDVDだったので、お久しぶりの劇場ジェイクということで、自分が行ける範囲
の映画館で一番大きなスクリーンのところに行ってきました。
ボクシング映画、私はあまり観ないんです。
ボクシングが苦手とかではなく、ボクシングの試合は、普通にテレビ中継とかを観る方なので、映画
になって、変にスローモーションとか血飛沫が飛ぶとか、大袈裟な表現にちょっと退くところがある
ので。。。
その上、前評判というか、宣伝文句が感動、号泣とかで、ちょっと~と半分引き気味ではありましたが、
まぁ、久しぶりのジェイクだし、と思い、一応ハンカチも用意して鑑賞して来ました(泣きませんでしたが)。
「サウスポー」
このタイトル、これでいいんでしょうか。
たしかに、試合の結果を導いたものには違いないでしょうが、決定的になったものではなかったのに
と思ったんですが、ボクサーでもあるという監督のリアルさ狙いなんですかね。
それにしては、話はざっくり王道なのに。
ジェイクは、相変わらずなりきりでした。
どこから見ても本物のボクサーにしか見えないというと、それは言い過ぎだろうと思いましたが、ボク
シングのことは何にも知らなかったというところからあそこまで身体を鍛えて持っていくのは、やはり
なかなか出来ることではないです。
ジェイク、相変わらずスゴいね、と一応思いました。
ボクシングの試合については、大袈裟な表現はどちらかというと控えてましたかね。
このへんも監督の意図でしょうね。
ノックアウトで終わらないのもね。
全体の話は、さっきも書いた王道なので、頂点から一気に墜ちて、破滅からの復活というものです。
ボクシングでこの流れは、実に分かりやすいストーリーラインです。
そして、分かっていても、観ている方はドキドキハラハラもので、感動するという流れではあります。
二時間、それなりに楽しく観れました。
でも、ヒリヒリ感はなかったかなぁ。
破滅してからの再生への流れが結構早い。
もう一度ボクシングをやりたいという、熱い感情がいまいちなんです。
これって、主人公の娘ともう一度やり直したいという感情が、ボクシングをやる原動力になっている
からだと思うんですが、ボクシングというものにかける気持ちはどうなんだ?って感じなんです。
ボクシングしかないとは言ってたけど。。。
うーん、このへんがねぇ。。。
この主人公、元々が愛する家族のためにボクシングをやっていたからでしょうか。
そういえば、試合が始まる前に、控え室で奧さんと二人きりになるというのが、彼のいつもの儀式の
ようなものみたいでしたが、普通、試合前の男の世界の控え室に女が出入りするもんじゃねぇ!と
いう何?女性蔑視?という感じのものをよく見てきたからでしょうかね。
この奧さんと二人きりには、多少驚きました。
まぁ、あとから、この奥さん、12才の頃から、彼を尻に敷いてきたことと、奥さん兼マネージメント
から何から、全部奥さん依存だったことが分かって、納得もしたんですが。
だから、彼女がいなくなる必要があったんですねぇ。
彼女が亡くなることによって、この主人公は、人間として大人になるわけですから。
でも、この大人になる過程が、粗野で頭の弱い感じがきれいに無くなって、やたらとしっかり
してしまうのがまたねぇ。。。
ジェイク、ちょっと素顔出てるよ、と思ってしまいました。
ボクシングの定番、復活しようとしても、なかなかその泥沼から這い上がれない。。。これが二
時間の枠の中では表現できなかったのが残念。
ボクサーとしての挫折の繰り返し、なかなか男の破滅の美学でいいんですけどねぇ。
だらしなくて、汚かったら、もっと素敵。
でも、娘を取り返したいなんて言ってるんだから、そんなことは長いこと、やってられませんね。
ということで、ジェイクには、元?麻薬中毒患者で、脱獄者で、逃走しながら父ちゃんの復讐に萌える
じゃなくて、燃える男の役を頑張ってやってほしいです。
またまた出てきたトム・クランシー監修のゲームの映画化の製作及び主人公をやるというのは、本当
なんでしょうかね。
カンバーバッチ氏と共演というエジソンの話みたいに無くなってしまったりして。
ちょっと楽しみにしてたのに。。。
今のところの楽しみは、「デモリション」です。