はなまめぶろぐ

昔のエンタメから、今風?のエンタメまで、好き勝手にいろいろ書いてます(*^^*)

あれから9年経ちました。

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今から9年前の、1月23日は、雪もちらほら降る寒い日だったと記憶しています。

朝の用事を済ませ、いつものようにネットでお決まりのコースのチェックをし始めた
時、かかっていた関西テレビの「とくダネ!」の終わりの方でアナウンサーの笠井
さんの「ここで訃報です。」という声に、
「ん?誰が亡くなったん?」
と、テレビの画面に目を向けた時、
ヒース・レジャーさんが亡くなりました。」
という言葉が。

「え?」

と、しばらく何のことかわからず、何度か頭の中で、その言葉を繰り返し、次に

「えーっ!」

と、ひと言声が出た後、絶句しました。

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笠井さんは映画ファンなので、ヒースについて、どういう俳優だったのか、簡単に
話していたとは思うんですが、なにも覚えていません。

すぐに友人に電話して、まだなにも知らなかった彼女に、ヒースが亡くなったことを
声に出して伝えた時、涙が溢れてきて、声が震えていたことは、よく覚えています。

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ヒースは、1月22日にニューヨークのアパートで亡くなりました。
後で発表された、はじめに発見された時間、遺体が運ばれた時間を見てみると、私が
見た、「とくダネ!」の発表は、アパートから遺体が運ばれて、そう時間が経って
ないうちのものだったようです。

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ニューヨークとは時差のため、私が彼の死を知ったのは、翌日の23日でした。

ただのファンでしかない者は、亡くなったら、そうなのね、とそれを納得するしか
ないのか、としかたないにしても、しばらくは、とても悲しい気持ちで過ごしました。

友人は、あちこち調べてくれて、向こうの情報を入れてくれましたが、詳しいことは
まだわからないとのことでした。

後にわかったヒースの死は、薬の併用摂取からくる急性薬物中毒ということでした。
麻薬疑惑や、自殺説まであって、あまりにも若すぎる死には、疑問や謎が多くなげ
かけられました。

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もう何をどう言っても、ヒースが帰っては来ないということだけははっきりとわかっ
ていたことですが。

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あれから9年、いろんなことがありました。

亡くなってから、公開になった「ダークナイト」でのヒースのジョーカーの演技は
絶賛され、アカデミー賞助演男優賞も受賞しました。

後に、あまりにもジョーカーになりきりすぎて、死に向かったのではないかと言われ、
その神がかりと言われる演技は、それを簡単に薬に結びつけてしまう人も多く、私と
しては、ちょっと納得できなかったりもするんですが、それだけあのジョーカーが
強烈だということでしょうね。

でも。。。

彼はジョーカーになりきりすぎて、こちらに戻れなくなったと言われると、そうなの?
と抗議したい気持ちになります。

ジョーカーを演じるためにホテルに1ヶ月とじ込もって研究したとか、後に見つか
ったジョーカーの演技について書いてあるノートとか、そりゃあ演技前に役にのめり
込むヒースのことだから、いろんな苦労はあったとは思うけど。。。

ヒースはあんなに楽しそうにジョーカーを演じてたじゃない、もがき苦しんで演じて
いたなんて、それは、俳優ヒース・レジャーを軽く見すぎてない?
と、私は思っています。

精神的なことでいうと、ブロ山で、山の中に込もって、自分とは正反対の圧し殺した
感情を持ったイニスを理解して演じた方が、彼にとってはよりキツかったんではない
かなと思うんですが。


なんにしても。。。

ヒース・レジャーは、才能にあふれた俳優でした。

何年経っても、彼を失った悲しみは癒えることはありません。

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